INTERVIEW
【日本のデジタル化最前線】社会全体を効率化するキープレーヤーに聞く
「社会全体を効率化するためには、ステークホルダーそれぞれにメリットがある仕組みをつくり、複雑な物事をシンプルにしていくことが大事。それを可能にするのがデジタル化です」。そう話すのは、弥生株式会社の代表を務める岡本浩一郎氏。同氏は民間の団体を立ち上げ、政府にも提言するなど社会的な仕組みのデジタル化を先導しています。
そんな民間主体のデジタル化のキープレーヤーとも言える岡本氏は、日本のデジタル化に向けた取り組みをどのように捉えているのでしょうか。社会が目指すべきデジタル化のあり方と、弥生が考える価値提供の本質について伺いました。
SPONSORED BY 弥生株式会社
話し手
岡本 浩一郎
弥生株式会社
代表取締役 社長執行役員
SECTION 1/6
社会全体のデジタル化に向けて動き始めた2021年
──デジタル化の実現は日本社会における喫緊の課題だと言われますが、日本は欧米諸国に比べてどれくらい遅れている印象ですか。
欧米諸国は5年ほど前からデジタル化に向けて意識的に舵を切りました。その動きは年々加速していますが、日本がグローバルの中で圧倒的に遅れているというよりは徐々に遅れつつあるという印象です。今後は、海外の先行事例を参考にどこまでキャッチアップできるかが鍵になるでしょう。
日本の人口や経済規模を考えると、デジタル立国として知られるエストニアと同じような取り組みを同じスピードで実行することは現実的ではありません。しかしここ2、3年で、イギリスやイタリア、オーストラリアなど比較的規模の大きな国でデジタル化が進んでいる事例が出てきており、危機感を持って臨むべきだと思います。
──デジタル庁の新設などもあり、2021年はデジタル化の動きが加速した年だったと思います。この1年での変化や進捗についてお聞かせください。
我々は2019年12月に社会的システム・デジタル化研究会 ※1 という研究会を立上げ、まず2020年6月に、社会的システムの効率化を進めるべきであり、そのためにはデジタル化が必要であるという提言を発表しました。これを受けた一つ目の具体的な動きであり、この1年で着実に前進しているものとしては請求書のデジタル化に向けた動きがあります。
デジタルインボイス(請求書や領収書などのデジタル化の総称)に関しては2020年末、当時の平井デジタル改革担当大臣に日本の標準仕様としてPeppol ※2 という仕組みの採用を提言し、それに対し平井大臣より、「官民をあげたフラッグシッププロジェクトとして取り組んでいきましょう」というお言葉をいただきました。
それを受けて2021年1月から、電子インボイス推進協議会 ※3 という民間の団体が主体となって日本の標準仕様の検討を始め、同年9月のデジタル庁発足以降はその推進役をデジタル庁にバトンタッチしました。その後は官民で協働しながら、2023年10月のインボイス制度開始に向けて準備を進めています。
またもう一つの動きとして、年末調整のデジタル化についても、2021年6月に提言を取りまとめて発表し、大きな方向性を示すことができたと考えています。
※1 社会的システム・デジタル化研究会:岡本氏が代表を務める、社会全体のDX実現を目的とした研究会(通称:Born Digital研究会)。2020年6月に、SAPジャパン株式会社、株式会社オービックビジネスコンサルタント、ピー・シー・エー株式会社、株式会社ミロク情報サービス、弥生株式会社の5社で発足。
※2 Peppol(ペポル):電子文書をネットワーク上で授受するための国際的な標準規格。欧州各国などで採用されており、「Peppol」に基づく電子インボイスの国際的な利用が進んでいる。
※3 電子インボイス推進協議会(EIPA):弥生株式会社が代表幹事として、ほか9社と共同で2020年7月に発足。電子インボイスの標準仕様を策定・実証し、普及促進させることを目的に、電子インボイスに特化した議論と活動をおこなう任意団体。
SECTION 2/6
取引データのデジタル化により、社会全体の効率化が進む
──デジタルインボイスの普及により、どのような変化が起こるのでしょうか。
古くは売り手も買い手も手書きの帳票(見積書や請求書など)で取引をしていました(第一世代)。昭和後半から平成にかけて、売り手や買い手はそれぞれソフトウェアを用いてデジタルでの処理をするようになりました。ここまでを第二世代だとすると、これから我々が実現しようとしているのは、売り手も買い手もデジタルを活用するだけでなく、両者がデジタルデータでつながり、社会全体の効率化が進む第三世代だと考えています。
例えば、レシートや領収書はほとんどがコンピューターで処理されたデジタルデータにもかかわらず現状では紙で発行されています。このようにデジタルデータが売り手での活用のみに閉じていると、買い手はそのデータを活用することはできません。
つまり企業の中ではデジタル活用が進んでも、事業者間で紙のレシートや領収書を中心としたアナログなやり取りが続いている限り、買い手は会計処理のために紙から再度そのデータを入力し直す必要があるのです。
今後デジタルインボイスが普及し、デジタルで生成されたデータが取引先にもデジタルのまま届くようになれば、買い手もそのデジタルデータを活用できるため入力作業がいらなくなり、結果として社会全体の効率化が進んでいきます。
SECTION 3/6
事業者を取り残さずに進める重要性
──急速にデジタル化を進めることによる懸念などもあるのでしょうか?
日本で急速にデジタル化に向けた取り組みが進めば、一部の事業者が対応できずに取り残される懸念があります。日本経済の基盤となっている小規模事業者が取り残されることなくデジタル化を進めていくことが重要だと考えています。
実は先日施行された改正電子帳簿保存法 ※4 をめぐり、2021年末に業界が揺れた出来事がありました。電子帳簿保存法の改正は本来、帳簿や帳票を電子的に保存したい事業者に限って適用される規制の緩和を目指したものでしたが、蓋を開けてみるとその一部に規制強化ともいえる内容が含まれていたためです。
具体的には、電子取引に関する記録を残すためにWeb上に表示された明細などを印刷して紙で保存することを禁止し、全事業者にPDFやスクリーンショットなど電子的な方法でのデータ保存を義務付ける内容でした。しかもそのための準備期間が一年もないという状況でした。
我々は、この法律が施行されるまでの短期間で、全事業者が対応することは難しいと判断し、規制強化となる内容の見直しを財務省や国税庁に働きかけました。結果的にこの要請が実を結び、二年間という期間限定ではありますが、これまで通り紙での保存が認められたという経緯があります。
こうした対応は、二つの意味で当社の姿勢を示す象徴的な動きだったと思います。
一つは、事業者のために働くというスタンスです。改正電子帳簿保存法がいきなり施行されれば、ほとんどの事業者は対応が追いつかず法令違反の状態になってしまいます。本来デジタル化に向けた法整備が進むことは歓迎すべきことですが、多くの事業者にとってあまりにも負担になるのであれば、一旦立ち止まることも必要だという考えです。
もう一つは、デジタル化に対する捉え方です。前回の記事で、デジタル化とはデジタルを前提に業務の必要性や業務プロセスを問い直し、根本から変革すること。それに対して、電子化とは単純に紙の情報を電子データに置き換えることだとお話しました。
今回の改正電子帳簿保存法の一部に含まれていた規制強化の動きは、デジタル化ではなく電子化に当てはまります。我々は事業者にとってメリットのない電子化ではなく、メリットのあるデジタル化を推進していくことに重点を置いています。
※4 改正電子帳簿保存法:2022年1月1日に電子帳簿保存法の改正が施行される。保存要件が廃止・緩和されるペーパーレス化への加速が期待される一方で、電子取引の電子保存が義務化され、不正行為に対するペナルティも強化され、すべての事業者に適用されるため注意が必要となる。
SECTION 4/6
本質的な価値提供とは、複雑な物事をシンプルにすること
──デジタル化によって煩雑な業務の効率化が進むことは、弥生の事業に影響を及ぼす側面もあると思います。なぜそのような取り組みを主導しているのでしょう。
世の中には物事の複雑性が収益源になるビジネスもありますが、その状態が顧客にとって喜ばしいことなのかどうかは疑問が残ります。当社の製品やサービスを利用する多くの小規模事業者を幸せにするために、複雑な物事をシンプルにすることが一番の価値提供だと考えています。
会計ソフトは当社の代表的な製品ですが、今の会計ソフトはそもそも紙で発行される書類の入力作業を前提としているため、紙のやり取りが全てデジタルで完結するようになれば入力作業は不要になります。あと5年10年すれば入力作業がいらない世界になり、会計ソフト自体が不要になるかもしれません。むしろ我々は今の入力を前提とした会計ソフトを我々の手でなくしたいと思っています。
入力がなくなることは、会計ソフトでシェアNo.1 ※5 の当社の強みを失うことになるのではと思われるかもしれませんが、できる限り入力の手間を省きたいというのが事業者の本音ですから、お客様に本質的な価値を提供することを考えれば、その方がよいはずです。
将来的に会計ソフトが不要になったとしても、それは実は入力するという手間が見えなくなっただけです。価値を提供するポイントは変わっても、私たちが価値を提供し続けることは変わりません。
──「会計ソフトがなくなる」と聞いて驚きましたが、確かに事業者にとっては価値があることですね。
私たちは、お客様である事業者に価値を提供し、メリットを感じていただきたいと思っています。その観点は、社会全体のデジタル化を進める上でも重要です。行政にはメリットが大きくても、民間がメリットを感じなければ物事は全く動きません。デジタル化を前進させるためには特定の誰かだけがメリットを享受するのではなく、ステークホルダーそれぞれにメリットのある仕組みにしていく必要があります。
日本のデジタル化をどう推し進めていくべきか、その議論を行政だけに任せず、民間の課題をしっかり理解している、逆に言えばどのようにすればメリットを創出できるのかを理解している我々がきちんと声をあげて、その意思を発信していくことに意義があると思います。
例えば、先ほどの改正電子帳簿保存法の件を受けて、OCR ※6 という技術を用いてアナログのデータをデジタル化する仕組みと、デジタルインボイスという最初からデジタルを前提とした仕組みを合わせた仕組みづくりに取り組んでいます。これが実現できれば事業者にメリットがなかった制度も、メリットがあるものにできると考えています。
このような動きを通して社会の複雑な仕組みをシンプルにしていくことこそ、我々が取り組んでいきたいことであり、事業者に提供するべき本質的な価値だと考えています。
※5 会計ソフトでシェアNo.1:登録ユーザー数250万(2021年9月現在)、シェアは他社の追随を許さず、市場トップクラスの売上高・利益率を達成。
※6 OCR:スキャナーやスマホで撮った写真などのデータを文字コードに変換する技術のことをいう。領収書や請求書などをスキャンし、記載されている情報を会計ソフトに取り込むことで、仕訳を自動作成できる。
SECTION 5/6
事業の始めから終わりまで。小規模事業者を一貫して支える今後の戦略
──スモールビジネスの業務効率化が進んでいった先に、弥生はどのような会社に変化していくと考えていますか?
当社は「事業コンシェルジュ」というビジョンを掲げていますが、その出発点は「お客様は何を求めているのか?」という問いにあります。事業者は好んで会計ソフトを使いたいわけではありません。お客様が本当に求めていることは、少しでも業務を効率化して事業を継続・成長させたいということ。 あくまでも会計ソフトはそのための一つのツールに過ぎません。
だからこそ、今後はお客様の事業継続・成長の支援にも力点を置き、事業の立ち上げからそのバトンを渡すところまで一貫したお手伝いをしていきたいと考えています。
その一つが、事業承継に関するサービスです。当社はすでに起業に必要な情報や手段を提供する起業・開業ナビや、融資や補助金の種類や申請方法を知ることのできる資金調達ナビなど、小規模事業者にとって必要な情報を提供するサービスを展開してきました。
それらのサービスや既存の製品を通じて、起業開業したい人と、事業をたたんだり引き継いだりしたい事業者の双方とつながっているため、他社には真似ができない事業承継のお手伝いができると考えています。
──これまで培ってきた強みを活かして、事業承継という小規模事業者の困りごとを解決していくことは、社会全体の活力にもつながりそうですね。
近年、事業承継のマーケットは活況を迎えており参入するプレーヤーは多くいます。しかし、そのほとんどは人を介しておこなわれるため、数億円規模の大きな案件でないと事業として成り立ちません。一方で、弥生のサービスや製品を利用する小規模事業者の中には、高齢などを理由に数百万円〜数千万円規模でも事業を引き継ぎたいと考えている人もいます。
当社はこれまで長年にわたり膨大な会計データを扱っており、蓄積されたデータに対しAIを用いることによって事業者の価値を算出することを可能にしています。子会社のアルトアでは実際にAIを用いた金融事業をおこなっています。
データとAIを活用することによって、人手のかかる部分を仕組み化できれば、数百万円から数千万円という規模でも、事業承継を成立させられると考えています。結果的に規模は小さくても、長くお客様から愛されている事業を人から人へつなぎ、存続させることもできるでしょう。
一方、バトンを受け取る側についても、必ずしもゼロからスタートする必要はないので、事業コンシェルジュとして事業の始めから終わりまで、事業者の困りごとをお助けしていくことができると考えています。
SECTION 6/6
収益基盤と仕組み化を武器に、顧客への価値提供にこだわる組織
──ここまでお話を伺う中で、仕組み化に強みがある会社という印象を持ちました。どうして弥生は仕組み化がうまいのでしょうか?
常に価値を生み出すポイントについて深く考えているからだと思います。特に柱になっているのは規模の経済を中心とした考え方です。小規模事業者1社ではその影響力は限りなく小さいですが、当社のサービスや製品を利用している数十万社が集まれば、1社ではできないことも実現できます。
そうしたことを媒介することこそ我々の価値創出の一つの柱であり、だからこそ社内で評価されるのは、売上や利益貢献といったわかりやすい数字ではなく、仕組みづくりにどれだけ貢献したかです。
現在、当社製品を利用する事業者の方に提供している福利厚生サービスは、まさに規模の経済を活かした取り組みの一つです。また会計データも、何十万社分のデータを蓄積していることが大きな資産であり、それらを与信判断などに活用することで、価値提供の幅を広げています。
──事業コンシェルジュという考え方が、社内に根付いているのはなぜだと思いますか。
当社が恵まれているのは、ソフトウェアの収益性が高く安定した売上であり利益が見込めることです。強固な収益基盤のおかげで短期的な売上や利益を追って物事をドライブする必要がなく、純粋にお客様のことを考えて仕事ができるのです。事業者に価値提供できるのであれば、大きな収益が見込めない事業でも新規の投資をおこなうことが可能です。
また「誰のためにどんな価値を提供していくのか」ということを、常に社内で言い続け、実践している ことも一つの要因だと思います。
例えばこんなことがありました。コロナ禍で政府から持続化給付金の周知を手伝って欲しいという要望があった際に、国が用意したコールセンターでは電話対応が間に合わないことが容易に想像できる状況だったことから、よくある質問やFAQを共有してもらい、当社のカスタマーセンターでも急遽対応できるようにしたのです。
こうした取り組みをスピーディーに実行できるのは、我々が会社として何を考えて何をやろうとしているかという情報が社員にオープンになっていて、一人ひとりが「どうすればお客様に喜んでいただけるか」ということに徹底して向き合っているからだと思います。あとは真面目で浮ついたところがなく、楽して儲けようという考えを持っていないメンバーが多いというのもあるかもしれません(笑)。
製品やサービスを売るのではなく、事業者の事業継続や成長のために何ができるのか。そこに向けて自分がやりたいことを能動的に実行する時こそ、一番パワーが出るのではないでしょうか。
──最後に岡本さんから、読者の皆さんに伝えたいことはありますか。
日本経済は企業の大半を占める小規模事業者の存在がなければ成り立ちません。我々がそうした小規模事業者の方たちを幸せにすることができるポジションにいるというのは非常に幸運なことだと考えています。そんな当社の立ち位置や役割に魅力を感じ、考え方に共感していただければとても嬉しく思います。
編集: