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織田のマクロ経済学(2)「終身雇用は崩壊する?」

「どこかに就職できれば安心」「日系大企業なら安定して長く働きやすい」──もしあなたがそう考えているとしたら、キャリア選択における重要な視点が欠けているかも知れません。戦略系コンサルティングファーム出身・連続起業家でありながら、アジアのトップ校で企業戦略やキャリア論の講義を手がけるGoodfind講師の織田が登場。シリーズ二回目となる今回は、終身雇用という幻想を打ち砕き、キャリア選択に必須の思考法をお伝えします。

SECTION 1/5

終身雇用の崩壊は、あなたのキャリアに何をもたらすか?

「雇用を続ける企業などへのインセンティブがもう少し出てこないと、なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」
(日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)が都内で開催した2019年5月13日の記者会見より)

各メディアでも大きく取り上げられたので、豊田氏の「終身雇用の維持は難しい」発言を知っている人も多いと思います。しかしその一方で、終身雇用が崩壊する前提でキャリアを構想し、就活をしている人はそう多くはいないはずです。

それは「終身雇用の崩壊」が本当に起こっているのかどうか、起こっているとしても自分の就活・キャリアにどう影響が及ぶのかを十分にイメージできていないからではないでしょうか。今回は終身雇用というシステムを読み解きながら、今後キャリア選択において持つべき思考法を解説します。

SECTION 2/5

「終身雇用」はなぜ日本に根付いたのか

「終身雇用」とは、大学卒業後に入社したらその後は原則として転職せず、定年退職するまでその企業に勤務し続ける労働慣行のことを指します。「終身雇用」という言葉の生みの親は、ボストン コンサルティング グループ設立に携わり、日本支社の初代代表を務めたジェイムズ・アベグレン氏。同氏が1958年に出版した著書『日本の経営』の中で初めて使ったとされています。つまり、終身雇用が日本に本格的に普及したのは戦後からで、実は「日本の伝統的な労働慣行」と言えるほど歴史は古くありません。

では、なぜ戦後の日本では終身雇用が国民に受け入れられ、日本の伝統と認識されるようになったのでしょうか。その要因の一つは、政府の戦略として終身雇用制の普及が強力に推し進められたことです。戦後の混乱の中で早期復興を目指した日本政府は、当時の基幹産業に重点的に労働力をつぎ込むことで、他の産業にも波及効果をもたらし、日本経済の成長を狙いました。

しかしながら、労働市場を活性化させれば当然賃金は上昇し、産業全体の国際的な競争力が低下する恐れがありました。そこで政府の方針を受けた企業は、終身雇用を導入することで、復興初期における労働コストを低く抑え、国際競争力を高めようとしたのです。

終身雇用制は、国や企業だけでなく従業員にとっても、いくつかの点で非常に優れたシステムであるといえます。その一つは、人生のライフサイクルにおける生活に必要な金額と収入(給与)の伸びが一致していることです。

例えば子供を扶養している場合、子供の成長と共に生活に必要な資金は増加し、終身雇用の賃金体系はこれと同じ上昇曲線を描いています。また、労働に費やす時間を増やさなくともこの上昇曲線を実現できることは、体力が衰えてくるミドル層及びシニア層にとって大きな利点でしょう。

終身雇用・年功序列における収入と支出のモデル図
※一般的に2つの段階(50-56歳で異動、60歳での退職)を経て現場を離れる

SECTION 3/5

崩れつつある終身雇用という幻想

このように、企業と従業員の双方にメリットがあったために、終身雇用は日本社会に根付いてきました。その一方で、このシステムにも欠点があります。それは、終身雇用が維持されるためには、産業全体で毎年5%程度のGDP成長が続き、企業の業績が順調に伸びている必要があることです。

終身雇用が普及し始めた当時は、経済全体が大きく成長するとともに多くの国内の大企業も順調に規模を拡大したため、年功序列という組織のピラミッド構造が保つことができました。しかし、もしこの経済成長という外部環境が存在しなければ、組織拡大が難しく採用数も増やせないことから、年功序列のピラミッド構造は保つことができません。

その結果制度に歪みが生まれ、中間管理職以上の人材が余り若手が足りないという現象、つまりリストラと人材不足が同時に発生してしまいます。これこそまさに直近10年のGDP実質成長率が平均1%を下回る現在の日本経済そのものであり、終身雇用が成り立つ環境とは言い難い状況なのです。

高度経済成長期の年功序列の組織構造の発達
ピラミッド構造が維持されたまま組織拡大を実現
経済成長の鈍化による年功序列組織構造の崩壊
新卒社員の成熟化による管理職の余剰と採用数の減少による若手人材の不足

事実、2019年に入り希望退職という名のリストラが増え、終身雇用の恩恵を受ける人は少なくなってきています。東京商工リサーチの調査によると2019年の上場企業の希望・早期退職募集人数は6年ぶりに1万人を超えており、リーマン・ショック後の2010年の1万2232人を超えるという予測もあります。

ここで注目すべきは、リーマン・ショックの際は業績不振による人員整理を目的とした企業が大半だったのに対し、2019年に希望・早期退職を募る企業の3社に1社が業績好調だということです。業績が良いのにもかかわらず、希望・早期退職者を募集しているこの事実は、企業が年功序列・終身雇用というピラミッド構造を保てなくなっていることの顕れと言えるでしょう。

SECTION 4/5

我々はどう対応していくべきか?

有名な大企業に新卒で入社し、部署をいくつか回りながら様々な経験をして部長になるか、もしくはその少し手前で定年を迎え、引退後は年金をもらって自分の時間をゆっくり楽しむ生活を送る。──これが今まで考えられてきた日本の「一般的なキャリア」ではないでしょうか。少なくとも本当にこれが保障されるのであれば、確かに悪くない話。

しかし、日本社会の慣行としての終身雇用が成り立つために、一定のGDP成長率が必須であることは前のセクションで説明した通りです。特にこれから高齢化が進み、定年も70歳まで延長され得ることを考慮すると、キャリアも50年くらいのスパンで考えることが必要になってきます。

「50年間同じ会社で働くという人が果たしてどの程度いるのか?」と考えてみれば、皆さんの世代が「戦後の一般的なキャリア」を辿れるとは思わないはずです。では、終身雇用が無くなる世の中で、我々はどのようにキャリアを構築すべきでしょうか。

1. 専門性を「意識して」身につける

かつての終身雇用が成り立つ世の中であったら、一度就職してしまえば一つの企業でキャリアが完結するため、社内で通用する知識やスキルさえ身につけていれば問題ありませんでした。しかし終身雇用が前提ではないとすると、転職や企業、個人として独立するという選択肢を意味します。

その場合、市場価値を決める要素は「個人のスキルと経験」です。「個人のスキルと経験」は企業によってももちろん違いが出ますが、それ以上に大きな要因は「職種」や「部署」です。転職するときに「職務履歴書」「職務経歴書」を2通書くことが多く、前者が出身大学と学部、過去の勤務先企業や部門を記述することに対し、後者はより具体的に「何を経験して」「何ができるか」を記載します。

最近ではITエンジニアやプログラマの年収が高いのは皆さんがニュースで聞いての通りだと思いますが、同じ企業でも倍以上の差があるという事実は、市場価値を決定づける要素が「企業名」以外にあることを意味するのです。

2. 世の中の「需給の差」にアンテナを張る

上記の例でなぜITエンジニアの市場価値が高いかと言えば、それは世の中がより必要としているからです。正確には、労働の需要(ITエンジニアを必要とする企業の数)に対して、供給(ITエンジニアリングのスキルを持った人材)が足りないことに起因します。ということは「世の中のニーズがどこにあるか?」というアンテナを常に張っておくことが大切になるということです。

SECTION 5/5

社会変化に対する解像度を上げよう

キャリア選びで最も悲惨なことは、安定する道を志望しながら不安定な道を選んでしまうことです。今回の終身雇用の例を通して、過去においては確かに真実だった事が、マクロ環境の変化に伴い、真実ではなくなることを実感できたでしょうか。

今後も、高齢化による労働力不足や新興国の台頭による各国の勢力図の変遷など、マクロ環境は激しく変化します。そしてこれらの変化が皆さんのキャリアにも少なからず影響を及ぼすことになるのです。

複雑性をはらんだ現代においては、未来を見通すことは非常に難しく、ほとんど不可能にさえ思えます。しかしだからといって、思考することを放棄すると、あなたのキャリアはただの運任せになってしまうでしょう。

重要なのは今後起こり得る社会変化の解像度を上げるために社会情勢に通じ、疑問を持ち、思考し続けること。仮説を持った上であなた自身がキャリアを選択することです。そして何より、変化を受け入れ楽しむことが、あなたの可能性を広げることを忘れずにいてください。

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