INTERVIEW
ドワンゴ川上量生氏が語る、優秀な学生が社会で優秀でなくなる構造
突然ですが、あなたは自分のことを優秀だと思っていますか?もし思っているとしたら、その自己評価は何を基準に行われているでしょう?その基準のなかに「学歴が高いこと」が含まれているとしたら、それは誤った認識かもしれません。
「自分を優秀だと自負する高学歴の学生ほど、社会での成功には不利な"クセ"を持つ傾向にある」――そう教えてくれたのは、株式会社ドワンゴ顧問の川上量生氏。 高学歴な学生が社会ではまってしまう落とし穴とは?そして、本当に優秀な人の思考法とは?これまで数々の事業を手がけてきた同氏にお話を伺いました。
SPONSORED BY 学校法人角川ドワンゴ学園
話し手
川上 量生
学校法人角川ドワンゴ学園 理事
株式会社ドワンゴ 顧問
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高学歴の人が社会で成功できない理由
──川上さんは、「自分を優秀だと思っている高学歴の学生ほど、実社会では成功できない」とお話されていると聞きます。それはなぜでしょうか?
川上:別に全員がそうだと言っているわけじゃないですけどね(笑)。高学歴になるための競争過程で身についてしまうクセには、実社会での競争では逆に不利になるものがあるということです。
例えば高学歴な人が陥る失敗の最たるものが、好んで競争をしてしまうことです。これまで受験などあらゆる競争で勝ち抜いてきた経験から「自分は勝てる」と思っているため、競争を避ける重要性を理解できていないんですね。
しかし単純に考えて、自分と同じ獲物を狙う人がもう一人いるだけで勝率は半分にまで下がってしまうのだから、成功のために最も重要なのは「競争しないこと」なんです。
──確かに多くの学生はニッチな領域を敬遠しがちです。
川上:そうしたエリートの人たちは、行動パターンが大抵同じです。人気の大学に行くのと同じ感覚で、就職活動では人気の業種や業界を選び、起業する際には流行りのテーマを選ぶ。そして競争して苦労をするんです。
私の身の回りには競争に負けて悲惨な人生を送ってる人もいますが、これまで勝者だった人たちは、まさか自分がそうなるとは想像できないんですよね。
──まさに「自分は競争に勝てる」という自負がある高学歴の人ほど陥りやすい落とし穴ですね。
川上:加えて受験勉強しかやってこなかったタイプの人たちの多くは、枠に囚われた思考をしてしまいがちだと思います。受験や学校のテストでは出題範囲や共通のルールが予め決められているため、前提を覆すような思考力が身につかないんですよね。
極端な例を挙げれば、テストの際、答案用紙には自分の名前を書くという暗黙のルールがありますが、実社会ではそんなことすら守る必要がないのです。戦略上、誰がやっているかをあえて誤魔化して事業を行うこともあり得る。そうやって根本からフレームを変える思考こそが社会では重要になるのですが、真面目に勉強をしてきた人ほど慣れていないと思います。
──社会に出るうえでは、学生時代に無意識に培われた常識を根本から疑う必要があるんですね。
川上:さらに言えば、実社会には制限時間もありません。
事業を作る際に「この1ヶ月間で事業計画を立てるぞ」と、決めた時間内に最善のものを選ぼうとする人を多く見かけますが、いい選択肢がなければ選ばない、という方が正しいと思います。私はいいものがなければ何年でも待ちますよ。
企画会議の際にも、私は何度も内容をひっくり返したり戻したりしながら考えます。時間を守るというルールが事業にはないので、妥協せずにいいものを作ることが大事である局面もたくさんあります。しかし日本の学生の多くは授業やテストなど、細切れの時間のなかで何かを行うことに慣れており、制限時間なしにじっくり考えるのが苦手な人が多いんです。
このように、学生時代の優秀さとはあくまで受験に最適化されたものであって、実社会ではそれとは異なる思考法や能力が必要になるのだという意識をまず持つべきだと思います。
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わずか4年で日本最大の高校をつくり上げた思考法
──では、本当に社会で成功する人はどのような思考をしているのでしょうか。ケーススタディとして、川上さんが過去どのように事業を成功に導いたかをお聞かせいただけますか?
川上:現在進行系で手掛けている教育ビジネス、角川ドワンゴ学園N高等学校(以下、N高)を例にお伝えしますね。
N高は2016年の開校から4年間で1万5000人の生徒を擁する日本最大の高校になりましたが、事業の開始当初、私は教育に関して全くの初心者でした。
そのため入念な調査を重ねたのですが、新規事業を立ち上げる際に一つ前もって決めているルールがあって、それは「新しい市場は作らない」ことです。
──N高=革新的な事業というイメージが強いので意外なお答えです。新しい市場を作らないとはどういうことでしょう?
川上:ここ数十年で様々なベンチャー企業が登場しましたが、実は新しい市場を作り出した企業はほとんどありません。Googleは広告市場をテレビから奪っただけですし、Uberも既に存在していたタクシー市場を奪っただけ。成功しているビジネスのほとんどは、既存の市場をなんらかの方法で奪っているだけで、新しい市場を作っているわけではないのです。
EdTech※1の分野では「生涯学習」などの新たな市場を作ろうとしている企業も多いですが、人々が現在やっていないことをやるように働きかけ、さらにお金をもらうというのは相当に難しいことだと思います。
──確かにN高も、市場自体は「高校」という古くからあるものですね。既存市場のなかで高校に着目したのはなぜですか?
川上:規模が大きかったからです。現在日本人が教育の領域でまともにお金をかけているのはどこかと考えると、ほぼ大学受験と資格取得のみなんですよね。中学・高校受験も、良い大学にいくことが最終目的ですから、大学受験の一ステップに過ぎないんです。
ただし予備校や塾などの受験産業は成熟していて競争が激しく、真正面から挑むのは難しかった。そのため競争が最も少ない高校そのものをやろうと思いました。
なかでも校舎が無いために生徒数の上限がなく、大きくスケールできる通信制高校に目をつけました。既存の通信制高校のほとんどはスケールさせることを考えておらず、実質的に競争相手がいない状態だと判断したのも大きな理由でしたね。
──先ほど仰っていた、「競争しない」というポイントを押さえた戦略ですね。しかし規模が大きく競合もいない市場にも関わらず、なぜ他の企業は狙わないのでしょう。
川上:学校の設置認可を取ることの難しさや、設立後も文科省によって大きく規制されるイメージがあることが大きな理由だと思います。しかしそうした障壁は、乗り越えさえすれば逆に競争相手が少ないということなので、私にとってはむしろチャンスにしか見えませんでした。
普通は競争に勝つために努力をしても、成功する保証はありません。しかし今回の場合は高校を作ることさえできれば、少なくとも「競合が少ない」という成果は確実に手に入ります。同じ労力を割くなら、こうした成功が約束されている努力をするべきだと思います。
業界内では「IT企業がなぜ学校なんて古いことをやるんだ」と評判が悪かったですが、評判が悪かったことを含めて、個人的にはうまくいきそうな手応えを感じていました。
──競争しないことがいかに重要であるかが実感できるエピソードですね。
川上:N高のビジネスモデル自体はAEON(イオン)のような大型スーパーと同じ、大昔からある極めて単純なものなんです。大きなお店を全国展開するという、規模の利益を取るもの。N高ではそれを競合がいない状態でやるのだから、確実に成功するんですよね。
N高は突飛な戦略を取っているように思われがちなのですが、実は必要なことをやっているに過ぎません。確実にそして大きく勝てる場所を見極め、それを成立させるための努力を粛々と進める、というのが私の正攻法です。
──事業の成功にはユニークなアイデアや奇抜な戦略が必要になるイメージがありますが、そんなことはないのだと目から鱗が落ちるような思いでした。また、N高はマーケティングが優れているという話もよく耳にしますが、その点はいかがですか。
川上:マーケティングにおいても、細かい工夫はたくさんしています。
代表例を挙げると、自らを「通信制高校」ではなく「ネットの高校」と称し、既存の通信制高校と差別化するブランディングをしています。通信制高校の「不登校生のための学校」というネガティブなイメージとは一線を画し、生徒が自校に対して誇りを持てるようにしたんです。
そうすることにより、普通の生徒も進んで通うようになりますし、普通の生徒も通っている学校であることが不登校生の自信にも繋がります。また、社会全体では不登校でない生徒の方が多いため、大きなマーケットを狙うというビジネスの観点からも合理的です。
加えて、他の場所では話していない、ブランディング観点でのN高の名前の由来もお伝えしましょう。
命名の際に意識したのは、先入観を与えない「白紙のブランドネーム」にすることでした。皆さんも普段、馴染みのない外国語を冠した店名を目にすることがあると思いますが、そうしたお店のブランディング観点での目的は「良い/悪いという先入観を与えないこと」なんです。
学校の名前には、大抵地名が入っています。そこでユニークな名前をつけようとすると、地名ではないなにか抽象的な単語を使うことになりますが、実は最近新設されている学校はそうした名前ばかりで、もう遅いわけです。今からどんなにユニークな名前をつけても、「地名でないユニークな名前」という大雑把な同じカテゴリに入れられ、そのイメージがついてしまいます。
しかし私たちは、そうした学校とも一線を画する「前例のない革新的な学校」という印象づけを行いたかったんです。そこで私は、名前を英語一文字にしました。「N」という一文字であれば、もはや名前であるとさえ思われず、何かの略称なのかな?と思う人も多い。そうすることで、既存のどのカテゴリにも分類されず、先入観を持たれないことを狙いました。
私は、自信がある際には白紙のブランドネームを使うべきだと思っています。白紙のブランドネームは、自らの事業を成功させていけば、後から好きなイメージに塗り替えられるからです。
──「N」には「NEW」「NET」「NEUTRAL」などの意味が込められている、というお話も耳にしたことがありますが、裏側にはそうした狙いがあったのですね。また、白紙のブランドネームを使用されている点からも、川上さんがN高の成功に強い確信を持たれていたことが伺えます。
※1 EdTechとは:教育(Education)× テクノロジー(Technology)を組み合わせた造語で、教育領域にテクノロジーを用いてイノベーションを起こすサービスを指す。
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社会貢献を第一に掲げては真に社会を変えることはできない
──一方で、教育などの古い業界に参入すると規制や既得権益との衝突に苦労するイメージもありますが、その点はどう対処されているのですか?
川上:仰るとおり既得権益からの反発は最大の障壁となりやすいです。N高では「本気で正しいことをやる」という戦略を取ることで、それを無効化することを試みています。
教育業界で既存勢力から反対が起こる際には必ず、「それは生徒のためではない」など、正論という体裁での攻撃が行われます。だからこそ、圧倒的に正しいことをやることで、そうした攻撃を難しくすることにしたんです。
見せかけでやっても見透かされてさらに炎上するので、正しいことを"本気で"やると決めました。経済合理性に反しても正しいことをやる。そういうものを攻撃するのは難しいですよね。
──「本気で正しいことをやる」とは具体的にどういうことでしょう。
川上:教育業界が抱えている問題を、順番に勝手に解決していくということです。
オンライン教育が全く進んでいない日本において、世界でも最先端レベルのオンライン教育を提供する。オンラインでも学校生活が営めることを証明する。受験勉強に限らない柔軟なカリキュラムを取り揃える。大学を含めてどの学校よりも実践的なプログラミング教育を提供する。分業によって、担任教員の過重労働を減らす。担任の事務処理を代行するスタッフには、シングルマザーをリモートワークで雇用する。オンライン学習では一対多の授業を優秀な一人の教師が行い、他の教員は一対一のコーチングを行う。社会や世の中について教える教員として、それぞれの分野の第一人者に講義を行ってもらう。
他にもたくさんありますが、正しいだけでなく合理的でもある解決策をあらゆる分野で実践して、世の中に示していこうと思っています。
──コロナ禍では公教育現場のDXの遅れが浮き彫りになりましたが、教育の分野には他にも多くの課題があったのですね。「本気で正しいことをやっている」N高の環境は、多くの学生にとっても魅力的なものだろうと感じます。
川上:今は偏差値の高い学校で一斉授業を受けているような生徒も、将来的にはより効率的に質の高い授業を受けられるN高を選ぶことが増えると思います。
私たちは、高校が生徒に提供すべきなのは、気休めでも励ましでもなく、もっと実際に役に立つ、世の中で戦える武器だと考えているんです。そのためN高では課外授業として、プログラミングやデザインの専門コースなどの授業プログラムや、地方自治体と連携した職場体験、民間企業とのプロジェクト学習の機会を用意しています。
加えて時代に合った教養教育も重視しています。コンピュータサイエンスの知識やネットリテラシーはこれからの時代の必須教養と言えますし、それらの考え方を身につけていることは、将来どんな仕事でも役立つはずです。
──戦略の結果、社会貢献性も非常に高い事業になっていますよね。
川上:私は企業が社会貢献を第一に掲げるのは間違っていると思っているんです。もちろん世の中の役に立ちたいという気持ちはありますが、それが第一義になったら会社は潰れてしまうので、会社として生存することが先決です。
私はとにかく欺瞞やウソが嫌いなので、道義的に社会貢献を掲げるのではなく、あくまで会社の生存を第一とした上で社会的理念を満たす、というスタンスを取っていますね。
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前提条件なしの大きな権限を任されることが成長の鍵
──では既存の教育を受けてきた学生たちが、社会で優秀な人材へと成長するためにはどうすればいいでしょうか。
川上:大きな権限を持ち、自分でやる経験を積むことに尽きると思います。先ほど話したとおり、ビジネスでは前提となるフレームを変える思考が重要です。その力を養うには、前提も何もない大きな権限を持って枠を突き破るという経験をする必要があります。若くしてそうしたチャンスを掴むためにも、社内競争の少ない環境を選ぶことも同時に大切ですね。
もちろん会社からすれば大きな権限を与えるのには勇気がいりますし、リスクもあります。でも現在活躍している人は大抵過去にそうした環境にいた人なので、優秀な人材を輩出したければそうした権限を与えるべきなんです。
──そうした川上さんのお考えはN高の現場にも浸透しているんですか?
川上:そうですね、大前提としてN高は現在急拡大しているので、一人ひとりが大きなチャンスを掴みやすい環境です。社内体制もまだ整備されきっていないので、自分がやらざるをえないし、やってもばれない(笑)。実際に現場から立ち上がった新規プログラムも複数ありますし、若手社員が大きな戦力として活躍しています。
そしてこれまで複数の事業に関わってきた経験から、私は「N高は今、ボーナスタイムを迎えている」と確信しているんです。ボーナスタイムとはつまり、なにをやっても確実に飛躍的に伸びる期間であるということ。自分が働いている場所がボーナスタイムを迎える体験をするのは、一生に一度もない人がほとんどです。この時期に一緒に仕事ができたらすごく楽しいだろうと思いますね。
N高を利用して面白いことをやってやろう、という気概のある人には非常に面白い環境でありフェーズだと思います。
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学校と社会は別物。過去の成功体験は潔く手放すべし
──最後に学生へのメッセージをお願いします。
川上:現在のような複雑な時代に就職先を選ぶのは、本当に難しいと思います。私も自分がいま大学生だったら、どこに就職するべきかわかりません。ただここで重要なのは、正確な答えは誰にもわからないということ。つまり「これが正しい」と断言している人は、きっと間違っているということなんです。
不確実性が高い時代には、「~すべきだ」という正論や理想論が力を持ちます。不安ゆえに多くの人が「正解らしいもの」に飛びついてしまうからです。しかしそうした正論に飛びついて現実から目を背けてしまうと、成功はできません。社会で成功するのは現実主義です。安易に答えを出さず、正しく現実を見据えてじっくり考えることが大切だと思います。
あとは冒頭でもお伝えしたように、大学までと社会とでは優秀さの基準が全く異なるため、学生時代に培った常識は疑う必要がある、とぜひ意識してもらいたいですね。
極端な話、本物の知性があれば受験勉強の不毛さに気がつくので、「受験勉強なんてしない」という選択も普通に起こりうると思います。つまり現行の日本の受験制度は、うっかり無批判につまらない勉強をしてしまった知性のない人たちが勝ち上がるシステムになってしまっているとも言える。
受験競争での勝利と社会での成功とは関係がありません。学生時代までの成功体験は一度手放して、競争を避ける、前提条件なしで考える、ということを意識できたらきっと社会では得をすると思います。
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